@article{oai:nichibun.repo.nii.ac.jp:00000468, author = {野網, 摩利子}, journal = {日本研究}, month = {Mar}, note = {漱石『門』は、記憶との関係で活性化する知性の運動を捉える。, 主人公宗助は、友人の安井から御米を奪った。その出来事は小説の現在持から六年前のことである。従来、『門』に対して、前半部の平板な生活から、後半部の宗助による参禅へと展開する唐突さが言われてきた。しかし私は、安井に関する宗助の記憶を、日中の学問史の観点から読みとき、当然の流れであると解明する。, 安井に把握されていたと思われる近世から近代にかけての儒教と仏教との緊張関係は、安井が宗助を連れていった千光寺大悲閣に見てとることができる。当時、その寺は、明治政府から「臨在正宗」と名乗ることを禁じられた黄檗宗であった。安井と宗助は黄檗宗の高僧、即非の額の下に横たわりながら、保津川の流れを聞いている。その寺には、近世初頭、禅僧から身を起こして日本の儒学を創始した藤原惺窩による漢詩があり、また、惺窩が保津川の石の号を付け直したことを記す石碑がある。それは「石門関」「鏡石」など、『門』の鍵語となっている。千光寺はもともと建長寺派であり、宗助が鎌倉の寺へ行こうと思い立つのも、この記憶が働いているのである。, 安井によって話題にされた「盗人」、惺窩による石の命名に見える「門」、「鏡」などは禅を二分した五祖の後継問題で使われた語である。, 宗助ほどの知性の持ち主ならば、参禅後に調べて辿りつける白熱した知性の歴史が、『門』のなかには投入されている。}, pages = {115--138}, title = {漱石『門』における能動的知性の回復}, volume = {45}, year = {2012} }