@article{oai:nichibun.repo.nii.ac.jp:00006269, author = {梁, 嶸}, journal = {日本研究, NIHON KENKYŪ}, month = {Jun}, note = {中国の古代の正常な舌象に関する認識は二段階に分けられる。第一段階は傷寒病の患者を観察の対象とする段階であり、第二段階は正常な人を対象とする段階である。, 第一段階として、最初に傷寒病の舌苔の変化の分析を行ったのは、成無己の『傷寒明理論』(1156年)である。その後、代表的なものは『敖氏傷寒金鏡録』(1341年)である。その段階で患者の舌象変化を基礎として、「舌紅潤」という正常な舌象を推論している。また、異常な舌色は「紅舌」とされていた。それゆえ、赤い舌が正常な舌色であり、また異常な舌色でもあるという矛盾が存在する。, 第二段階として、高世栻は『医学真伝』(1699年)で健康な人の舌苔の特徴を述べた。章虚谷は『医門棒喝』(1825年)の中で正常な舌色の「常色」と正常な舌苔には「根がある」という観点を明らかにした。周学海は『形色外診簡摩』(1894年)の中で、舌の「地」(舌質)と「草」(舌苔)の両者をそれぞれ観察し、ついに舌質と舌苔を区別して認識するに至ったのである。民国の曹炳章の『彩図 弁舌指南』を経て、秦伯未は『診断学講義』の中で、正常な舌象を簡潔に総括している。, 正常な舌色の認識過程を整理する中で、二つの問題を検討した。一つは、なぜ舌象の認識は臓象理論を基礎とせねばならないかという問題である。その結論としては、臓象理論に基づくことによって、舌診という一局部機関を対象とした研究に、整体観を見ていくという大きな方向性が与えられることになったといえる。もう一つは、淡紅舌の認識過程でも明らかになった視覚情報伝達の困難の問題である。古代において、淡紅舌は健康な人にも、病人にも、また熱証にも、寒証にも、さらに、実証にも、虚証にも見られるという例を基として、視覚の共通認識の問題を提起した。, どのようにして常に整体の高みを立脚点にすることを確保しつつ、舌診の視覚共同認識を確立していくべきか。これが本研究から提起した現実的な問題である。}, pages = {231--252}, title = {<研究ノート>正常な舌象の歴史的な認識過程とその問題の検討}, volume = {53}, year = {2016} }