@article{oai:nichibun.repo.nii.ac.jp:00000673, author = {山折, 哲雄}, journal = {日本研究 : 国際日本文化研究センター紀要}, month = {Mar}, note = {人は毎日のように眠りにつき、そして目覚める。その眠りのなかには、むろん夢の時間が訪れる。だが、その眠りがさらに深くなっていくと、夢の世界が消え、闇のような熟睡がやってくる。この熟睡状態におちた人間の顔を観察すると、ほとんど死者の顔に近いことに気づかされる。, このように考えてみると、人は毎日のように眠りにつくことによって死と再生をくり返しているということになるのではないか。浅い眠り、夢、熟睡、目覚め―この四つのステージをくり返すなかで、われわれは一種の再生体験をしているのかもしれない。, 問題は、この四ステージのなかの熟睡ステージである。それがなければ眠りにつく人間にとって、死と再生のドラマはおそらく生じようがないからである。知られているようにフロイトの夢分析は、夢ステージと覚醒ステージの二元論で成り立っている。熟睡ステージというものがはじめから排除されていた。, これに対してインドの瞑想法の伝統では、真の覚醒は夢ステージと熟睡ステージを経験することではじめて実現されるという考え方が主流であった。小論では、インドの物語大成『ヨーガヴァーシシュタ』というテキストを材料にして、この夢と熟睡と覚醒という三つのステージがどのように考えられていたのかを明らかにする手がかりを示した。そしてまたそのような考え方が、日本の能と人形樹瑠璃における演出法とどのような共鳴音を響かせているのかという問題についても、若干の考察を行ってみた。}, pages = {239--250}, title = {<研究ノート>夢見られる夢見る人 : 覚醒・夢・熟睡をめぐって}, volume = {27}, year = {2003} }