{"created":"2023-05-15T13:50:08.737074+00:00","id":7563,"links":{},"metadata":{"_buckets":{"deposit":"834155ef-564c-4e22-808d-3b9731447d4e"},"_deposit":{"created_by":31,"id":"7563","owners":[31],"pid":{"revision_id":0,"type":"depid","value":"7563"},"status":"published"},"_oai":{"id":"oai:nichibun.repo.nii.ac.jp:00007563","sets":["299:1087"]},"author_link":[],"item_1687304922239":{"attribute_name":"編者","attribute_value_mlt":[{"contributorNames":[{"contributorName":"荒木, 浩","lang":"ja"}],"contributorType":"Editor"}]},"item_1687313252107":{"attribute_name":"出版年月日","attribute_value_mlt":[{"subitem_date_issued_datetime":"2020-10-22","subitem_date_issued_type":"Issued"}]},"item_3_description_32":{"attribute_name":"目次","attribute_value_mlt":[{"subitem_description":"序論 〈投企する古典性 : Projecting Classicism〉から「古典の未来学」へ / 荒木 浩\n\n一、研究の現在と消えゆく未来 : コロナ禍と『なぐさみ草』\n二、『なぐさみ草』の投企性から〈未来学〉へ\n三、〈投企=Projecting〉する古典性とは\n四、本論集の企画と構想 \n五、「古典の未来学」へ\n\nⅠ 投企する古典性\n第1部 古典を見せる/古典を活きる\n1-1 古典を見せる : 展示という方法\n第1章 女子大で古典を展示するということ : 実践報告とそれに基づく若干の考察 / 中前正志\n一、はじめに\n二、古典籍展示履歴\n三、見られてなんぼの展示\n四、わたし、ふじのちゃん。\n五、京女に久米の仙人が落ちてきた!?\n六、あることないこと二人の会話をでっち上げる\n七、おわりに\n\n第2章 美術で楽しむ古典文学 : 「徒然草」展の事例報告 / 上野友愛\n一、はじめに\n二、企画の経緯\n三、海北友雪筆「徒然草絵巻」の展示\n四、現代語訳の作成\n五、来館者からの声\n六、おわりに\nColumn 1 文化をつなげる場としての展覧会 : ロンドン大学SOAS大英博物館の国際共同研究プロジェクトを事例として / 石上阿希\n一、はじめに\n二、国際共同プロジェクト\n三、国際春画研究プロジェクトの場合\n四、大英博物館春画展のその後\n\n1-2 古典を活きる : 韻文の創作とその展開\n第3章 即興と記憶 : 中世和歌連歌における「擬作」「本歌」「寄合」をめぐって / 土田耕督\n一、序\n二、「擬作」と本歌取 : 和歌における即興性:〈予見/準備〉としての記憶\n三、本歌取と「寄合」 : 連歌における即興性 ①:詞の〈自動補完〉プログラム\n四、「当座の感」と「心付」 : 連歌における即興性 ②:〈表現〉という反応\n五、結 〈随意〉創作の位置\n\n第4章 琉球における和歌の受容と展開 / 屋良健一郎\n一、はじめに\n二、琉球人の和歌習得\n三、近世琉球人の作品\n四、和歌と琉歌\n五、琉球人と和歌\n六、おわりに\n\n第5章 世紀転換期日本および西洋における俳句の詩的可能性の拡大 : 出版、翻訳、再評価 / 前島志保\n一、「俳句」理解への取り組みの世界同時性\n二、従来の俳句鑑賞の継承\n三、新しい俳句鑑賞傾向・1デノテーションの復権\n四、新しい俳句鑑賞傾向・2作者の感情表出として\n五、新しい俳句鑑賞傾向・3コノテーションへの注目\n六、拡大される俳句の詩的可能性\n\n第6章 教科書から実践的な俳句学まで / グエン・ヴー・クイン・ニュー\n一、はじめに\n二、古に学ぶから今を生きるまで\n三、豊かな言葉文化論の地位づけ\n四、新しく面白い俳句学\n五、まとめ\n\nColumn 2 時をかける和歌 : おみくじと占い / 平野多恵\n一、はじまりは、短大の授業\n二、室町時代の和歌占い : 阪本龍門文庫蔵『歌占』の実践\n三、江戸時代の和歌占い : 『晴明歌占』の実践と展開\n四、「天祖神社歌占」 : 神社と大学の合同プロジェクト\n五、おわりに : 和歌を生きる\n\n第2部 投企する古典性/古典との往還\n第7章 身を投げる/子を投げる : 孝と捨身の投企性をめぐって / 荒木 浩\n一、捨身の投企性 : 清水の舞台を発端に\n二、薩埵王子「捨身飼虎」と雪山童子「施身聞偈」の類比とずれ\n三、『三宝絵』上巻の本生譚が描く生と死\n四、孝と捨身と死の描写\n五、「孝」思想と死なない子\n六、身を投げる?子を投げる? : 仏陀の妻と一子\n七、『金光明最勝王経』の虎と義母\n\n第8章 透明な声、隔たりの消失 : 古典世界において〈一つ〉の世界はいかに想像されたか / 山藤夏郎\n一、序\n二、一つの声の分裂という歴史像\n三、文字以前の理想化 : 「太古」表象のパターン\n四、文字の原理 : 「分ける」ということ\n五、「太古」の世界では動物とも意思の疎通が可能だった?\n\n第9章 古代からの道行き : 『行人』 / 野網摩利子\n一、はじめに\n二、古代の悲恋をふまえて\n三、約束の再設定と違反\n四、嵌められた物語への抵抗\n五、古代歌謡による小説の加速\n\n第10章 『豊饒の海』縁起絵 : 『浜松中納言物語』、夢と転生、そして唯識思想 / 河東 仁\n一、はじめに\n二、『春の雪』\n三、『奔馬』\n四、『暁の寺』\n五、『天人五衰』\n六、縁起論\n七、おわりに\n\n第11章 北京人文科学研究所の蔵書から考える「投企する古典性」 / 河野貴美子\n一、はじめに\n二、『北京人文科学研究所蔵書目録』及び『続目』にみる古典籍の蒐集と研究\n三、『北京人文科学研究所蔵書目録 再続』にみる典籍の蒐集\n四、おわりに\n\nColumn 3 出版社の立ち上げと、これから / 岡田圭介\n一、二〇一七〜一八年\n二、二〇一九年\n三、二〇二〇年\n四、学術メディアとして【付】貸借対照表及び損益計算書\n\n第3部 古典を問う/古典を学ぶ\n第12章 「投企」のカタチ : 教室の「古典」 / 竹村信治\n一、はじめに\n二、「古典は本当に必要なのか」\n三、古典?\n四、「投企」のカタチ : その前に\n五、おわりに\n\n第13章 未来に活かす古典 : 「古典は本当に必要なのか」論争の総括と展望 / 飯倉洋一\n一、はじめに\n二、古典不要派の主張\n三、古典不要派の主張1 優先度\n四、古典不要派の主張2 芸術科目\n五、古典不要派の主張3 現代語訳\n六、古典不要派の主張4 ポリティカルコレクトネス\n七、国語力の一部としての古文・漢文\n八、古典知の可能性\n九、資本としての古典\n一〇、おわりに : 遺産としての古典 \n\n第14章 古典を必修にするために / 渡部泰明\n一、問題のありか\n二、基礎科目としての古典\n三、リテラシーを育成する科目としての古典\n\n第15章 くずし字を知ること : 日本古典文学の基礎学を考える / 渡辺麻里子\n一、はじめに\n二、弘前におけるくずし字普及活動\n三、くずし字の伝え方\n四、古典文学の基礎学\n五、おわりに : 現代人にとっての古典\n\nColumn 4 古典との出会い方 / 中野貴文\n一、―月が綺麗ですね―\n二、―今、あなたと同じ月を見ている―\n三、―さらば愛しき古典よ―\n四、―古典文学を自由化する―\n\nColumn 5 宣伝される大衆僉議 : 中世一揆論の再構築 / 呉座勇一\n一、はじめに\n二、強訴とは何か\n三、強訴の呪術性\n四、大衆僉議は神秘的か\n五、豪雲説話を読みなおす\n六、大衆僉議の宣伝性\n七、おわりに\n\n第4部 古典を観る/古典を描く\n第16章 筍と土蜘蛛 : 古典がジャンルを越えるとき / 山本陽子\n一、はじめに\n二、豊国祭礼図屛風のタケノコ\n三、孟宗はどこか\n四、さまざまな孟宗\n五、異色だらけの「土蜘蛛草紙絵巻」\n六、東博本の化物たち\n七、東博本の詞書\n八、東博本が典拠としたもの\n九、東博本の典拠の制約\n一〇、人形芝居ならば\n一一、人形芝居と東博本\n一二、ジャンルを越えて広がるとき\n\n第17章 頼光の杖 : 混沌にして豊穣な絵巻模写の世界へ / 楊 暁捷\n一、鬼が岩屋への道\n二、模写ということ\n三、諸本を探る\n四、模り写すことの限界\n五、多様な展開\n六、変化が物語るもの\n七、模写を読み解く\n\n第18章 語り物文芸の視覚化 : 説教源氏節の性格と意義 / 深谷 大\n一、はじめに\n二、説教源氏節の名称\n三、説教源氏節の創設者\n四、新内節・説経節・説経祭文\n五、説経節の大衆化\n六、草創期の説教源氏節\n七、草創期の人形遣いと人形戯\n八、明治初頭の岡本諸座\n九、明治一五年頃の岡本諸座\n一〇、説教源氏節芝居\n一一、一座の構成と入場料\n一二、説教源氏節(芝居)の伝播\n一三、説教源氏節の音曲としての性格\n一四、娘義太夫への対抗意識\n一五、明治三四、三五年頃の岡本諸座\n一六、結び\n\n第19章 故事を遊ぶ : 「戯画図巻」という文芸 / 齋藤真麻理\n一、「戯画図巻」の登場\n二、室町物語と「戯画図巻」 : 『富士の人穴の草子』\n三、当代性の反映 : 「戯画図巻」観音の射的\n四、明代版本の受容 : 張果老のすがた\n五、むすびに代えて\n\n第20章 風景を捉える川合玉堂の眼差し : 大衆性と同時代性と / 三戸信惠\n一、 川合玉堂と「大衆性」\n二、 明治二八年の「鵜飼」 : 山水画の構図、名所絵版画の視点\n三、 明治三九年の「渓山秋趣」 : 『日本名山図会』の眼差しを求めて\n四、 大正三年の「駒ヶ岳」 : 『日本風景論』が提示した新たな眼差しの枠組み\n五、 昭和期の動向 : 写真との関わり\n\n第21章 洋画家・岸田劉生の初期の制作にみる古典性の投企 : 美術の複製メディアを手がかりに / 前川志織\n一、はじめに\n二、明治後半期から大正初期にかけての複製による美術の受容\n三、劉生の初期の制作と複製としての美術\n四、おわりに\n\n第22章 柳田國男『遠野物語』の「戦争物語」への変奏 : 村野鐵太郎監督の映画「遠野物語」を中心に / 金 容儀\n一、はじめに\n二、特化される「オシラサマ」伝承\n三、映画「遠野物語」の民俗世界\n四、娘と馬の幻想的な「悲恋物語」\n五、「遠野物語」から「戦争物語」への増幅と変奏\n六、おわりに\n\n第5部 古典を展(ひら)く/古典を翻す\n第23章 「日本文学史」の今後一〇〇年 : 『日本「文」学史』から見通す / ヴィーブケ・デーネーケ×河野貴美子\n一、「国文学」のパラダイムを問い直す\n二、『日本「文」学史』の構想と構造\n三、『日本「文」学史』第三冊「文」から「文学」へ : 東アジアの文学を見直す The Path from \"Letters\" to \"Literature\" :A Comparative History of East Asian Literatures の挑戦\n四、『日本「文」学史』からの展望\n五、二一世紀の人文知とは : 世界の古典学から考える The Humanities in the 21st Century: Classical Studies in and for the World\n\nColumn 6 投げ出された言葉を繋ぎ止めるために : 翻訳の準備的作業としての「概念史」 / 河野至恩\n一、「投企」と翻訳\n二、「投げ出された言葉」の翻訳論\n三、翻訳の方法と「概念史」\n四、翻訳の準備的作業としての概念史 : 二つのモデル\n\n第24章 投企された「英訳方丈記」 : 夏目漱石の「作家論」から「天才論」へ / ゴウランガ・チャラン・プラダン\n一、はじめに\n二、「投企」という概念について\n三、「英訳方丈記」にみる漱石の作家論\n四、「英訳方丈記」の作家論の形成について\n五、投企された「英訳方丈記」の作家論\n六、終わりに向けて\n\n第25章 古典の翻訳 : 大衆性と視覚性を問う / 李 愛淑\n一、はじめに\n二、大衆性を問う\n三、視覚性を問う\n四、世界文学として\n\nColumn 7 投企する文学遺産 : 有形と無形を再考して / エドアルド・ジェルリーニ\n一、古典性という「価値」\n二、文化遺産から文学遺産へ\n三、有形と無形の相互投企\n四、現代を相対化する文学遺産\n\n第6部 古典と神話/古典と宗教\n第26章 古事記の〈天皇像〉 : 「詔」の分析をとおして / アンダソヴァ・マラル\n一、はじめに\n二、オホクメと神武の求婚\n三、天皇と出雲の神々\n四、気比大神\n五、景行天皇とヤマトタケル\n六、目弱王と忍歯王\n七、結論 : 「詔」からみる古事記の天皇像\n\n第27章 一三世紀の失敗した宗教議論 : 『広疑瑞決集』の政治議論を中心に / ダニエル・シュライ\n一、『広疑瑞決集』 の議論はなぜ失敗したのか\n二、議論の失敗の原因は何か\n三、宗教的な議論\n四、政治論の背景\n五、政治の議論\n六、引用文の確認\n七、解決失敗の理由についての一考\n\nⅡ 特論 : プロジェクティング・プロジェクト\n第1部 「投企する太平記 : 歴史・物語・思想」から\n第1章 点描 西源院本『太平記』の歴史 : 古写本から文庫本まで / 和田琢磨\n一、はじめに\n二、元禄二年 : 『参考太平記』の作成\n三、大正八年三月 : 〈影写本〉の作成\n四、昭和一〇年五月二五日 : 刀江書院本刊行の背景\n五、平成二六年 : 岩波文庫本刊行開始\n六、おわりに\n\n第2章 「太平記史観」をとらえる / 谷口雄太\n一、はじめに\n二、「太平記史観」を定義する\n三、それが「太平記史観」だと気付くまで\n四、「太平記史観」批判の現在\n五、「太平記史観」超克の未来\n六、おわりに\n\n第3章 『太平記』に見る中国故事の引用 / 亀田俊和\n一、はじめに\n二、中国故事引用の頻度・分布\n三、大規模引用の意図\n四、観応の擾乱期における大規模引用の検討\n五、『太平記』の編纂過程と中国故事引用\n六、おわりに\n\n第4章 『太平記』の近世的派生/転生 : 後醍醐・楠像を軸に / 井上泰至\n一、はじめに : 足利将軍木像の梟首\n二、歴史読み物としての『太平記』の派生書 : その様式の変遷から\n三、後醍醐天皇像 : 失政者はいつ理想の天皇となったのか\n四、楠像の変遷 : 諫臣から忠臣へ\n五、史学とは「史料」を使った投企的読みではないのか?\n\n第5章 以津真天の変容 : 〈創作的解説〉の時代を中心に / 伊藤慎吾\n一、『太平記』中の妖怪記事\n二、前近代の以津真天\n三、現代の以津真天\n四、創作的解説\n五、いつまでんの誕生\n六、〈世界〉から乖離したキャラクター\n七、不必要な情報共有\n八、おわりに\n\n第2部 「日本漢文学プロジェクト」から\n第6章 「和漢」型の漢詩詞華集の流行と近代日本における古典の教養 : 結城蓄堂『和漢名詩鈔』と簡野道明『和漢名詩類選評釈』 / 合山林太郎\n一、はじめに\n二、「和漢」型漢詩詞華集の性質\n三、中国・日本の詩をともに載せることの意義と背景\n四、注解・訓読の付与と独自の書型\n五、前代の漢詩文化とのつながり\n六、勧学の詩の重視とその背景\n七、辺塞詩の収載と日露戦争の記憶\n八、おわりに\n\n第7章  元号「令和」 : 時間の表象と政治の隠喩 / 葛 継勇\n一、はじめに\n二、「梅花の歌」序の出典\n三、元号の選定と出典\n四、『万葉集』の性格\n五、元号にみられる隠喩的な時間\n六、おわりに\n\nⅢ Projecting Classicism in Various Languages\nChapter 1\"Distance Reading, Migration of the meaning and Metempsychosis through Translation: Is \"World Literature or Global Art\" Possible? : Comparative Literature and Art in the Context of the Globalization\" / 稲賀繁美\nChapter 2\"Projecting Classicism in Classical Kabuki Theatre : A Gender Perspective\" / ガリア・ペトコヴァ\nあとがき / 荒木浩\n共同研究会開催一覧\n執筆者一覧\nキーワード索引","subitem_description_language":"ja","subitem_description_type":"TableOfContents"}]},"item_3_description_5":{"attribute_name":"内容記述","attribute_value_mlt":[{"subitem_description":"国際日本文化研究センター共同研究「投企する古典性--視覚/大衆/現代」 (研究代表者荒木、2016年度-19年度) の研究成果報告書","subitem_description_language":"ja","subitem_description_type":"Other"}]},"item_3_publisher_33":{"attribute_name":"出版者","attribute_value_mlt":[{"subitem_publisher":"文学通信","subitem_publisher_language":"ja"}]},"item_3_record_name_64":{"attribute_name":"図書名","attribute_value_mlt":[{"subitem_source_title":"古典の未来学 : Projecting classicism ","subitem_source_title_language":"ja"}]},"item_3_relation_10":{"attribute_name":"書誌レコードID","attribute_value_mlt":[{"subitem_relation_type":"isIdenticalTo","subitem_relation_type_id":{"subitem_relation_type_id_text":"BC03372280","subitem_relation_type_select":"NCID"}}]},"item_3_relation_41":{"attribute_name":"シリーズ","attribute_value_mlt":[{"subitem_relation_name":[{"subitem_relation_name_language":"ja","subitem_relation_name_text":"共同研究報告書 ; 144"}],"subitem_relation_type":"isPartOf"}]},"item_3_relation_9":{"attribute_name":"ISBN","attribute_value_mlt":[{"subitem_relation_type":"isIdenticalTo","subitem_relation_type_id":{"subitem_relation_type_id_text":"9784909658395","subitem_relation_type_select":"ISBN"}}]},"item_3_subject_24":{"attribute_name":"日本件名標目","attribute_value_mlt":[{"subitem_subject":"日本文学","subitem_subject_language":"ja","subitem_subject_scheme":"BSH"}]},"item_access_right":{"attribute_name":"アクセス権","attribute_value_mlt":[{"subitem_access_right":"metadata only access","subitem_access_right_uri":"http://purl.org/coar/access_right/c_14cb"}]},"item_language":{"attribute_name":"言語","attribute_value_mlt":[{"subitem_language":"jpn"}]},"item_resource_type":{"attribute_name":"資源タイプ","attribute_value_mlt":[{"resourcetype":"book","resourceuri":"http://purl.org/coar/resource_type/c_2f33"}]},"item_title":"古典の未来学 : Projecting Classicism","item_titles":{"attribute_name":"タイトル","attribute_value_mlt":[{"subitem_title":"古典の未来学 : Projecting Classicism","subitem_title_language":"ja"}]},"item_type_id":"3","owner":"31","path":["1087"],"pubdate":{"attribute_name":"PubDate","attribute_value":"2020-10-22"},"publish_date":"2020-10-22","publish_status":"0","recid":"7563","relation_version_is_last":true,"title":["古典の未来学 : Projecting Classicism"],"weko_creator_id":"31","weko_shared_id":-1},"updated":"2024-08-01T06:20:51.469435+00:00"}