@article{oai:nichibun.repo.nii.ac.jp:00000884, author = {速水, 融}, journal = {日本研究}, month = {Sep}, note = {日本における第一回の国勢調査は、大正九年のことで、主要工業国のなかでは最も遅く始まった。しかし、全国的人口統計は早くから行われ、徳川時代においてさえ、幕府は、享保六年から弘化三年の間、六年に一回、国ごと、男女別の人口調査を行っている。  明治維新以後、政府は新しい戸籍制度を確立した。早くも明治元年に、京都に新しい方式の制度を試みているが、これは、その地から、維新の指導者を輩出した長州藩において実施されていた方式を取り入れたものである。政府は、明治二年から四年にかけ、新しい戸籍調査を東京その他で試みているが、最終的に、明治五年、新戸籍制度が日本全国に実施された。しかし、この制度は、個人個人を、本籍地で登録するものであり、儒教的イデオロギーに基づくものである。  他方、杉享二のように、徳川時代の末年に蘭学を学んだ官僚は、この戸籍制度は、人口調査と全く違うものである、ということを知っていた。杉は、統計寮の長として、国勢調査の必要を政府に進言し、明治一二年に、山梨県を対象とする国勢調査型の人口調査を実施した。しかし、明治一四年の政変によって、薩長主導の政権が出来ると、杉は政府内に支持者を失い、彼の統計寮自体も廃止されてしまった。  しかし、政府は、明治一三年以降、戸籍に基づく人口統計を編纂している。統計の書式は度々変わったが、第一回の国勢調査まで、毎年刊行された。最近、それらは筆者自身によって監修編纂され、複製版で刊行され始めている。そのなかには、たとえば明治一九年の統計のように、各府県ごとに各歳別に、配偶の有無を調査した重要な統計も含まれている。}, pages = {135--164}, title = {<研究資料>明治前期人口統計史年表 : 附 幕府国別人口表}, volume = {9}, year = {1993} }